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被災地活動報告(バンクーバー総領事)

2011年06月24日(Fri) 12:59

先日、この度の未曽有の東日本大震災において

特別救助復旧支援隊として活動し

出発前に日本警察消防スポーツ連盟カナダ支部の行動に

賛同をいただいたバンクーバー伊藤総領事

無事帰国活動報告をしに行ってきました

P5130790_convert_20110624133041.jpg

私達の目から見た被災地の様子連盟の活動報告に対し

ねぎらいの言葉を掛けていただき

また今後の私達の活動に対しても賛同していただけました

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カナダ支部として当社としても今後被災地を見つめていきます

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特別救助復旧支援隊(4月13日)

2011年05月06日(Fri) 01:45

いつもと変わらぬ朝、他のボランティア団体も活動し始める7時起床。

本日カナダ支部第一陣(Ogawa/Kikuchi)の最終日、

一先ず席を置かせていただいた石巻市ボランティア本部へ挨拶に行き、

私は帰国するが今後も引き続き連盟本部を中心にカナダ支部(Kikuchi)や

その他の支部が活動し一日でも早い復旧を目指すことを約束する。

そして今後の活動に必要な情報収集や連絡網を再度確認し、

10時頃、この場所にて連盟及び各支部と被災地復興への気持ちを再確認し

また早い段階での再会を約束しカナダ支部は一時離隊し帰路へとつく。

連盟とは別行動となった私達は、帰路へと向う途中、

今回の被災地復旧作業にあたり出会った方々にも挨拶しに回らさせてもらった。

避難所のボランティアや作業ボランティアの方々、またボランティアをボランティアする方々など

一時ではなく長期にわたり今回の大震災復旧復興に務めていられる方々本当に頭が下がります。

一つの出会いを話させていただくと“ますみちゃん”と私達が慕う女性がいる。

自身も阪神淡路大震災の時に被災し、その経験から中越沖新潟大震災の時も現地に駆け付け

被災者の面倒を見て、今回もまた震災後大阪から駆け付け今までの経験を生かし

避難所運営の迅速かつ円滑化を働きかけている彼女には

我々連盟だけでなく私個人も今後の被災地での活動に生かす沢山の事を勉強させられました。

彼女の所にも挨拶に行くと、数日前とは比べ物にならないくらい物資で溢れかえっている避難所。

日々復旧を続け変化する被災地の現状に改めて喜びを、そして人の強さを感じました。

“ますみちゃん”に後日再度現地入りするカナダ支部(Kikuchi)に

今現地に必要な物の情報をもらい、再会を約束するも

落ち着き始めた避難場所に私は必要ないと言わんばかりに

彼女の目はまだ手の届かぬ奥に地区を向いており、そんな彼女こそ

“本物のボランティア・リーダー”と私達は尊敬しました。

その後石巻市を後にし関東へ向け走る東北道自動車道から眺める景色は

普段と変わらぬ日本であり、また私の知る日本でした。

夜走る首都高速からの高層ビル群の明かりは不思議なほど明るく

その明かり一つ一つに“命”と被って見えてしまう私が居ました。

話したいことはまだまだ山ほどありますが今日はこのまま寝かさせていただきます。

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特別救助復旧支援隊(4月12日)

2011年05月05日(Thu) 14:29

本日6時起床、情けないが少々疲れが出始めている感あり。

朝食も簡単に、いつものように北上町総合支所へと向かう。

昨日より開始した正面入口及びエレベーター付近の撤去作業及び行方不明者の検索にあたるが、

本日はビル内側の活動範囲と障害物等を考慮し、建物外側からの作業となった。

天候は良好だが風が強く汚泥が乾燥し砂が舞い上がり作業を難航させた。

だが午前の目標である約5mもあろう漁船の移動することが出来た。

昼食休憩をはさみ午後の作業開始、

私は自身、実質最終日となるここでの作業が私の思いを高め

ただひたすらに作業に取りかかる。

だが作業も順調にはかどり始めた2時25分ごろ、昨日のように連盟メンバーの

携帯緊急速報が鳴り響く、作業中ということと風の強さで気が付かなかったが地震、

昨晩を思い起こさせる震度6弱の地震に襲われ、作業を一旦中止し

建物内で作業中のメンバーを速やかに外へと移動させ、目の前に広がる海に目をやり

海面の変動に気を集中させながら退避の準備に取り掛かる。

その後、地震による津波の心配は無いとの第二報で皆緊張を解いた。

だが残念なことに余震を考え作業を終了し、私の北上町総合支所での任務を終了とした。

その後、建物内検索から街中の行方不明者の検索に切り替え

北上地区の学校周りの検索作業に取り掛かる。

北上総合支所脇に建つ小学校も見るも無残な状況となっており、普段子供達が走り回り、

子供達の笑え声がこだましている教室も体育館もグランドも、今では学校全体が静寂に包まれ、

聞こえるのは風で動くトタンのきしむ音と目の前に広がる海と河口の波の音。

普段生活で使われていた生活用品など全てが、あの大震災が起きた2時46分を堺に、

思い出の品またはゴミとなりそこいらに散乱している。

検索を続けていると、自身も今もなおこの場所で妻と子供を探し続ける情報提供者に会い

今日を最後にこの場を離れる私の別れの挨拶をし、少しの会話後、

彼からの「おりがとうございました」の一言は今までの誰よりも重さのある言葉で、

私の人生で初めてと言ってもよいであろう、何も言葉を返すことができずただお辞儀をし

その間これまでの活動を自問自答しその場を後にした。

残念なことに作業活動中に私自身は行方不明者を発見するに至らなかったが、

私達の活動したエリアで活動中の他の公安職チームが7名の安否確認することが出来た。

今まで活動した石巻市北上町に一礼し現場を後にする。

再度、石巻市蛇田小学校へ向かい資機材の保管場所の提供をうけ

また校長先生との話し合いで、今後の当連盟への活動協力を話してくれました。

野営場所に戻り、明日最後となる被災地での活動を無駄なくするため

もう一度明日一日の行動を念入りに確認し就寝とする。

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